僕が今ここに居るのは、今までの僕が経験した様々な事の積み重ねの結果、何となく流れ着いたものだと思う。
日々の小さな出来事の繰り返し、そこから少しずつ僕の進む道が微修正を繰り返され進んできたのだと思う。
残念ながら揺るぎない思想を身にまとい、全ての外的要因を跳ねのけてここまで来た訳ではない。当たり前だけれど、人間と言うものはそれほど不確かなものだと僕は思う。
建築設計において経験と言うものは非常に大切なものだ。
それは理屈ではない部分も多いし、建築の経験のみに限らないとも思う。
しかしである。
誰しも経験のないところからまず始まる。
僕だって最初は建築の経験なんてものは無かった。当たり前だけど。
僕がまだ設計事務所に勤めて間もない頃に、はじめて住宅の設計監理の担当になった時の話。
クライアントは所長の友人であり、僕は事務所の一担当者でしかなかった。
しかし何度かクライアントと話をしていく上で、実際に設計をお願いしますって段階になった時にそのクライアントに、「例えば構造がRC造とかに変わったりすると担当は青木さんから変わってしまうんですか?」と尋ねられた。
「いや、多分そういう事は無いと思います。」と僕が答えると、
「そうですか。ならよかった。担当は青木さんから変えないで下さい。青木さんだからお願いします。」とおっしゃっていただいた。
僕は正直びっくりした。
何しろ僕はその時まだ自分で住宅を1軒も設計した事が無いんだから。
その事をクライアントに伝えると、
「是非この家を青木さんの処女作にして下さい。」とクライアント。
このクライアントは怖いもの知らずなのかどうか分からないが、僕にとってはこの上なくうれしいメッセージである。
当然の事ながら未熟な部分がありながらも住宅は無事完成し、クライアントにも大変喜んでいただいた。
当時、確か幼稚園に入る前くらいだったクライアントの娘さんも、「大きくなったら青木さんと結婚する。」ってうれしい事を言っていましたが、1年後くらいに会ったら僕の事なんかすっかり忘れていた(苦笑)。
もう20年近く前の話である。
クライアントにとっては何気ない小さなメッセージだったのかもしれないが、僕がこの世界で生きていこうという勇気の何分の一かはこのメッセージからきっともらっていると思う。